相続したくないアパートだけ放棄できる?限定承認との違いと4つの選択肢【2026年版】
結論:いらないアパートだけを選んで放棄することはできません。相続放棄をした人は、その相続に関して初めから相続人とならなかったものとみなされるため(民法第939条)、預金も実家もまとめて受け取れなくなるからです。よく混同される限定承認も財産を選ぶ制度ではなく、「相続で得た財産の限度でのみ借金を返す」という条件付きの承認で、相続人全員の同意が必要です(民法第922条・第923条)。アパートだけを手放したい場合の現実的な方法は、遺産分割で他の相続人に引き受けてもらうか、いったん相続して売却するかの2つになります。
「実家と預金は引き継ぎたいけれど、築古のアパートだけは要らない」——相続のご相談で、いちばん多いご希望かもしれません。管理も入居者対応もしたことがなく、修繕にいくらかかるかもわからない。気持ちとしては当然だと思います。
ただ、制度はその希望どおりにはできていません。この記事では、何ができて何ができないのかを条文の根拠つきで整理し、そのうえで実務で使える選択肢をお伝えします。
「アパートだけ放棄」ができない理由
相続放棄は、家庭裁判所に申述して行う手続きです(民法第938条)。そして、その効果を定めた民法第939条はこうなっています。
相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
「その相続に関しては」がポイントです。放棄の効果は相続そのものに及ぶため、財産ごとに切り分けることができません。アパートを外せば、同じ相続で受け取るはずだった預金・実家・株式もすべて対象外になります。
出典:e-Gov法令検索「民法」(2026年8月12日確認)
裁判所の案内でも、相続人が選べるのは次の3つと説明されています。
- 単純承認:亡くなった方の権利も義務もすべて受け継ぐ
- 相続放棄:権利も義務も一切受け継がない
- 限定承認:相続によって得た財産の限度で債務の負担を受け継ぐ
出典:裁判所「相続の放棄の申述」(2026年8月12日確認)
3つのどれにも「財産を選ぶ」という選択肢が入っていません。ここが、ご相談で最初にお伝えすることになる現実です。
期限は3か月です
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、単純承認・限定承認・放棄のいずれかをしなければならないと定められています(民法第915条第1項)。この期間内に限定承認も放棄もしなかったときは、単純承認をしたものとみなされます(民法第921条第2号)。
調査が終わらない場合は、家庭裁判所に期間の伸長を申し立てることができます。アパートは債務や修繕費の全体像が見えにくい財産ですので、間に合わないと感じた時点で伸長の申立てを検討してください。
家賃を受け取ると、放棄できなくなることがあります
見落とされやすいのがここです。民法第921条第1号は、相続財産の全部または一部を処分したときは単純承認をしたものとみなすと定めています(保存行為と、民法第602条に定める期間を超えない賃貸は除きます)。
アパートの相続では、亡くなった後も家賃が口座に入り続けます。その入金を生活費に使ってしまった、入居者との契約を勝手に解約した、といった行為が後から「処分」と判断されると、放棄したくてもできなくなるおそれがあります。
放棄や限定承認を検討している間は、お金と契約に触らないことが鉄則です。どこまでが保存行為にあたるかは事案によって判断が分かれますので、迷う場面が出たら弁護士・司法書士にご確認ください。
限定承認とは何か(財産を選ぶ制度ではありません)
限定承認は、民法第922条にこう定められています。
相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることができる。
つまり、借金があってもプラスの財産の範囲までしか返さなくてよい、という条件をつけた「承認」です。放棄と違って相続人ではあり続けますが、いらない財産だけを外せるわけではありません。
使いどころは「借金がどれだけあるかわからない」場合です。債務が財産を上回っていれば持ち出しはゼロで済み、逆に財産が残ればその分は相続人が受け取れます。
手続きは相続放棄よりかなり重くなります
| 項目 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 申述できる人 | 相続人全員が共同して行う必要があります | 民法第923条 |
| 期限 | 3か月以内 | 民法第915条第1項 |
| 必要なもの | 相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出し、申述します | 民法第924条 |
| 申述先 | 被相続人の最後の住所地の家庭裁判所 | 裁判所「相続の限定承認の申述」 |
| 申述の費用 | 収入印紙800円分+連絡用の郵便切手(郵便料は裁判所ごとに異なります) | 裁判所「相続の限定承認の申述」 |
| 申述後 | 限定承認をした後5日以内に、すべての相続債権者・受遺者へ官報で公告します(期間は2か月を下れません) | 民法第927条 |
| 相続人が複数の場合 | 家庭裁判所が相続人の中から相続財産の清算人を選任します(公告は選任後10日以内) | 民法第936条 |
| 財産の売却 | 弁済のため売却する必要があるときは原則として競売にかけます | 民法第932条 |
出典:裁判所「相続の限定承認の申述」/e-Gov法令検索「民法」(2026年8月12日確認)
相続人全員の同意が要るという点が、実務でもっとも大きな壁になります。連絡が取れない相続人がいる、兄弟の一人が反対している、という状態では選べません。相続放棄が各自ひとりで申述できるのとは対照的です。
アパートを残したいときの「競売を止める」仕組み
限定承認では、弁済のために相続財産を売却する必要があるときは競売に付さなければならないのが原則です。ただし民法第932条にはただし書きがあり、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って価額を弁済すれば、その競売を止めることができます。
「アパートは手放してもいいけれど実家だけは残したい」という場面で使われるのがこの仕組みです。逆にいえば、残したい財産が何もないのであれば、限定承認のためにこの手間をかける理由は薄くなります。
見落とされがちな「みなし譲渡」の税金
限定承認でもっとも注意が必要なのが税金です。国税庁は、限定承認による相続があった場合、その資産は時価で譲渡があったものとされると示しています。
出典:国税庁「No.3105 譲渡所得の対象となる資産と課税方法」(2026年8月12日確認)
つまり、実際には売っていないのに、亡くなった方が時価で売ったものとして譲渡所得を計算することになります。先代から引き継いだ土地でアパートを建てている場合など、取得費がわからない・地価が上がっている物件では、ここで思わぬ税額が出ることがあります。
この申告は準確定申告として行い、相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内が期限です。
出典:国税庁「No.2022 納税者が死亡したときの確定申告(準確定申告)」(2026年8月12日確認)
限定承認を検討する場合は、申し立てる前に税理士へ試算を依頼してください。金額の見込みが立たないまま3か月の期限に飛び込むのは危険です。
宅建業者の実務メモ 限定承認のご相談をお受けすることはありますが、実際に最後まで進んだケースは多くありません。相続人全員の足並みがそろい、3か月以内に財産目録を作り、官報公告と清算まで進める——この条件がそろう場面は限られるためです。私たちがまずお聞きするのは「アパートに値段がつくかどうか」です。値段がつくなら、放棄も限定承認もせずに相続して売るほうが、手元に残る金額も気持ちの整理も早いことが多いからです。
単純承認・相続放棄・限定承認の比較
| 単純承認 | 相続放棄 | 限定承認 | |
|---|---|---|---|
| アパートだけ外せるか | 外せません | 外せません(全部が対象外) | 外せません(清算の対象) |
| 誰が決められるか | — | 相続人が単独で申述できます | 相続人全員が共同で(民法第923条) |
| 期限 | 3か月経過で自動的にこの扱い | 3か月以内 | 3か月以内 |
| 手続き | 手続き不要 | 家庭裁判所に申述(収入印紙800円/申述人1人につき) | 財産目録+申述、官報公告、清算まで |
| 借金の負担 | すべて負います | 負いません | 相続で得た財産の限度まで |
| プラスの財産 | 受け取れます | 受け取れません | 清算後に残れば受け取れます |
| 税金の注意 | 通常どおり | — | みなし譲渡課税(準確定申告4か月以内) |
| 向いている状況 | 財産が債務を上回るとき | 明らかに債務超過のとき | 債務の全体像が不明で、残したい財産があるとき |
出典:裁判所「相続の放棄の申述」/裁判所「相続の限定承認の申述」(2026年8月12日確認)
なお大阪家庭裁判所など一部の裁判所は、相続放棄の手続きについて個別の案内を出しています。申述先の裁判所のサイトを事前にご確認ください。
アパートだけ手放したいときの現実的な4つの選択肢
制度上「アパートだけ放棄」はできませんが、結果としてアパートを持たない状態にする方法はあります。実務で使われるのは次の4つです。
選択肢1:遺産分割協議で、他の相続人に引き受けてもらう
もっとも素直な方法です。放棄ではなく分け方の話し合いでアパートを他の相続人が取得し、ご自身は預金など別の財産を受け取ります。
- プラスの財産を受け取る権利は残ります
- 3か月の期限に縛られません(ただし相続税の申告期限は10か月です)
- 全員の合意が必要で、引き受け手がいなければ成立しません
引き受ける側にとってもアパートは負担ですので、「引き受ける代わりに預金を多めに取る」といった調整が現実的です。話し合いの結果は遺産分割協議書に残します。書き方は遺産分割協議書とは?相続した不動産を売るための書き方と4ステップ手順にまとめています。
選択肢2:いったん相続して、売却・買取で手放す
引き受け手がいない場合、こちらが現実的です。相続登記で名義を移してから売却します。
- 値段がつけば現金になって分けられます。共有のまま持ち続けるより公平にしやすくなります
- 入居者がいてもオーナーチェンジとして売却できます
- 老朽化・空室が多い・修繕費が出せないアパートでも、現況のまま買取という方法があります
「売れないと思っていたが値段がついたので、放棄する必要がなくなった」という結末は珍しくありません。放棄を決める前に金額を確認するほうが、判断材料が増えます。入居者がいる場合の進め方は入居者がいるアパートの売却方法|立退き交渉とオーナーチェンジ買取を徹底比較をご覧ください。
選択肢3:相続放棄をする(全部を手放す)
アパート以外に受け取るものがない、あるいは債務が明らかに多い場合は、放棄が合理的です。ただし次の3点をご確認ください。
(1) プラスの財産もすべて受け取れなくなります。預金や実家も対象外です。
(2) 放棄しても、すぐに管理から解放されるとは限りません。民法第940条は、放棄の時にその財産を現に占有している場合、次の相続人または相続財産の清算人に引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって保存しなければならないと定めています。詳しくは相続放棄すれば空き家から解放される?民法940条の保存義務と清算人の予納金・代執行費用の実額で解説しています。
(3) 次の順位の方に相続権が移ります。子が全員放棄すれば親、親もいなければ兄弟姉妹へと移ります。事前に伝えていないと、ある日突然親族が管理責任を負うことになります。入居者がいるアパートの場合の影響は相続放棄したアパートの入居者はどうなる?管理責任と手続きを宅建業者が解説にまとめました。
選択肢4:限定承認を選ぶ
借金の全体像が最後までわからず、かつ残したい財産があり、かつ相続人全員の同意が取れる——この3つがそろったときだけ選択肢に入ります。前述のみなし譲渡課税の試算を先に済ませ、弁護士に依頼して進めるのが現実的です。
迷ったときの判断の順番
- 期限を日付で確認する。相続の開始を知った日から3か月です。間に合わないなら伸長の申立てを検討します
- アパートの収支と債務を洗い出す。家賃・空室・修繕見積り・固定資産税・ローン残債を1枚にまとめます
- アパートに値段がつくかを確認する。値段がつくなら放棄も限定承認も不要な場合があります
- プラスが上回るなら、遺産分割で引受先を決める。誰も引き受けないなら相続して売却します
- 明らかに債務超過なら相続放棄。判断がつかず残したい財産があるなら、限定承認を弁護士に相談します
判断が固まるまで、家賃の使い込みと契約の解約はしないでください。ここだけは取り返しがつきません。
相続したアパートは、現況のままで査定できます
「入居者がいる」「空室ばかり」「修繕していない」「入居者の家賃滞納がある」——そのままの状態で査定にお応えしています。リフォームや立退きを先に済ませていただく必要はありません。
- 相続登記が未了でも、必要な段取りからご説明します
- 遠方にお住まいの相続人の方からのご相談も承っています
- 仲介手数料はかかりません
査定額がわかれば、「放棄すべきか、売って分けるか」の判断材料になります。金額を知ってから決めていただいて構いません。
まとめ
- いらないアパートだけを選んで放棄することはできません。相続放棄をすると、その相続に関しては初めから相続人でなかったものとみなされます(民法第939条)
- 限定承認も財産を選ぶ制度ではありません。相続で得た財産の限度で債務を弁済する条件付きの承認で、相続人全員の共同が必要です(民法第922条・第923条)
- 限定承認には財産目録・官報公告・清算という手続きに加え、みなし譲渡課税という税の論点があります。準確定申告の期限は4か月です
- 実務でアパートだけ手放す方法は、遺産分割で引き受けてもらうか、相続して売却するかの2つです
- 判断が固まるまで家賃に手をつけないこと。相続財産の処分は単純承認とみなされる可能性があります(民法第921条第1号)
3か月という期限は、思っているより早く来ます。まずはアパートの金額を確認して、選べる道を1つ増やしてから決めてください。
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